リゾートのひとときは、シャドルー暗躍の報せによって破られた。
巨大財閥の長として、そして武闘家としてかりんは何を思うのか。
クイーンズ リゾート(後)
伸びやかな肢体を寝椅子の上に横たえて、神月かりんは思う。
リゾートビーチにそそぐまばゆい光と裏腹に、整った顔には物憂げな表情が浮かんでいる。
神月家が、様々な分野で経済活動を行うと、どこかのタイミングでシャドルーの名を耳にすることになった。覇者としてすべての頂点であるためには、世界の表も裏もない。シャドルーのような反社会的勢力が、何らかの形で関わってくるのは避けられないことではあった。
とはいえ、このところ縁がありすぎる。
(本当に、しぶといこと、ですわ......)
シャドルー総帥であるベガとは、かりんは武をもって闘ったことすらあった。
何の意思もなく、自分の攻撃範囲に入った相手を、躊躇なく攻撃する。狩りの喜びはなく、憎しみや悪意ともまた違う。生物の本能の奥底にある、原始的な破壊の衝動。ベガとの闘いは、まるで毒蛇を相手にしているようだった。
今回、衛星プロジェクトを妨害しようとしてきたことも、それに近い。
神月家を敵と定めて狙ってきたのではないように思える。そういった敵意があれば、どこかで察知できたはずだ。ただ、弱みがあるから、そこを攻撃した。力があるから、それを振るった。シャドルーとは、ベガとは、そんな相手だった。
強者たらんと王道を往く神月の武とは正反対で、かりんはうっすらと嫌悪を感じる。
(力とは......、そんな気概なきものであって良いはずがありません)
少なくとも、神月かりんの目指す武はそうではない。
半眼になったかりんの瞳に、にわかに強い光が宿る。
「よろしくてよ、シャドルー......」
誰にともなく、つぶやく。
「魂なき邪道の力、真の覇道の前にいかに無力か、思い知らせてさし上げますわ」
そして、微笑む。
闘う美神の、曇りのない覇気が、静かに高まる。
しかし、すぐに。
「......!」
背後に息をのむ気配を感じて、かりんは力を抜く。
見ると、飲み物のお代わりを手にしたメイドが、戸惑っていた。
小さく肩をすくめて、かりんは寝椅子に体を預けなおす。
(そうね、けれども......)
新しい飲み物のグラスに手を伸ばしながら、かりんは考える。
(神月の家もシャドルーのようになるかもしれない。私が......、惑えば)
王の資質なき者に率いられた組織が、容易く堕することを、かりんは直感していた。力がさらなる力を求め、富がさらなる富を求めて、善も悪もなく肥大する魔物と化す。シャドルーはまさしく、そうして強大になっているのだ。
かりんはかぶりを振る。
長たる自分が心を見失い、力に飲まれてしまえば、神月の持つ力はおぞましいものとなる。それは、あってはならないことだった。
(......もしかすると)
ふと、かりんは思い立つ。
(私が、心を見失わないでいられるのは、"これ"のおかげも、あるかもしれないですわね)
かりんは軽く拳を握って、見つめてみる。しなやかで、優美だけれど、観賞用ではない、闘える手。
ルールも試合場もリングもない闘いを、心のままに闘うこと。
それはリゾートよりももっと、かりんにとって大切なのかもしれなかった。
「ふふふ」
ふいに、自分をストリートファイトの道に引き込んだ同級生のことを思い出して、かりんはひとり笑う。まっすぐな瞳、心そのままの伸びやかな拳。そして何より、かりんに並び立つ強さ。彼女と闘うことを思うと、かりんの心は高校生に戻って、わくわくするのだった。
「戻ったら、久しぶりに会いに行ってさし上げようかしら」
リゾートのおみやげを持って行くという口実もある。庶民はこういうとき、おみやげをもらうものだ。
そして。
「腕がなまっていないか、確かめてあげましょう」
彼女はきっと、迷惑そうにしながらも、
そう、高校生の頃と同じように。
ビーチを風が渡って、穏やかな波の音を運んできた。
シャドルーのことを、かりんはすっかり頭から追い出していた。
神月プライベート・リゾートは、午後も完璧だった。