かりんに招待されて、神月家のプライベートリゾートを訪れたいぶきとミカ。
迎えの車を断って、ミカがビーチを歩くといいだして......
クイーンズ リゾート(ガールズ サイド)
いぶきが思わずそうもらすと、横を行くミカがちろりと睨んだ。さっきから延々と、二人は肩を並べて砂浜を歩いている。南の島の夏の太陽が、真上から容赦なく降り注ぐ。
(
目下の雇い主である神月かりんから、海に来るように呼ばれた。よくわからないうちにプライベートジェットに乗せられ、着いたのが、ここ。南洋に浮かぶ、神月家所有のリゾートアイランドだった。
「リゾートだってわかってたら、もっと服とか水着とか考えたのになぁ」
いつもの忍者装束は、風光明媚なビーチではいかにも野暮ったかった。おまけに、あわてて用意してきた水着は、地味な学校用。我ながら、なんとも居心地が悪い。いぶきは小さくため息をつく。
それにしても。
「ビーチ大きすぎ! どこまで歩かされるのよ」
ぼやくいぶきを、ミカがあきれ顔で振り返る。
「文句いうなら、車に乗ればよかったんだよ。柴崎さん、空港まで迎えにきてただろ」
「えー、だってー......」
他の、着飾った招待客といっしょにリムジンに乗るのは、少しばかり気後れがしたのだ。いぶきは口をとがらせる。
「じゃ、なんでミカはビーチを歩いて行く、なんて言ったのさ」
「ミカさん、だろ」
ミカが足を止める。
「あたしは、砂浜を走ってトレーニングしようと思ってさ」
「げー」
腰に手をやって得意げなミカを前に、いぶきは呆れる。
「だって、リゾートだよ。南の島のビーチだよ。トレーニングって、それ、オカシくない?」
きょとんとした顔で、ミカが見返す。ほとんど水着みたいなリングコスチュームに包まれた身体は、太陽の下でまばゆいほどに健康的だ。
「べつに、何にもおかしくないだろ。強くなるには日々、精進だよ」
当たり前のようにいい放って、それから覆面の奥の目を挑むように細める。
「ま、あんたは特訓したところで、あたしほどには強くなれないだろうから...... 付き合えとはいわないけどね」
「なっ!?」
かちんときた。いぶきはミカをにらみつける。
「......筋肉があれば強いとか、ちょっとお笑いなんですけどー?」
「ほー、なかなか勇ましい口をきくじゃないッスか......」
こきり。ミカが筋肉の盛りあがった肩をまわす。
負けじと、いぶきも胸をそらす。
「砂浜ダッシュとか、レスラーが
「そうか? じゃあ、いっちょ......」
ミカが唇の端をちょっと舐める。
「やってみるか!?」
声と共に、ミカが猛然とスタートする。力強く蹴り上げた砂が、いぶきを直撃した。
「わっ、ぷ」
卑怯だといいかけたときには、ミカが結構な速さで先行している。
(ちぇっ)
胸の中で舌打ちして、けれどもいぶきは笑っている。
(忍者に不意打ちとは、やってくれるじゃない。けど、ね......)
「遅い、よっ」
余裕を持って、駆け出す。
砂をほとんど巻き上げることなく、静かな風のような走りで、前を行くミカとの距離を詰める。
ほんの一呼吸で追いついて、並びかけて、ちょい。
全力疾走中で隙だらけのミカの脇腹を、軽く手刀で小突いてやる。
「うわっ、このっ!」
驚いて、反撃に振り回したラリアートの腕をくぐって、ぽん。いぶきは大きく跳ぶ。
波打ち際に着地して、そのまま速度をおとさずに駆ける。
ミカとの差は、あっさりと開く。
「ま、こんなもんでしょ」
身軽な女子高生忍者は、悠々と波を蹴って走る。飛び散る水のしぶきが心地よい。
行く手のビーチが回り込んだ先に、ようやく目指すコテージが見えてきた。
「あ、やーっと着いたよ......」
リゾート感たっぷりのコテージで、飲み物でももらって一休み。脚を緩めて、そんなことを考えていると、後ろから声がした。
「うりゃー」
はっとしていぶきが振り返ると、ミカの身体が宙にある。フライングボディーアタック。避けよう、としたときに、ひときわ大きな波がきた。いぶきは足をすくわれる。
「わっ」
ざぱん。
勢いで、二人はもつれあうようにして海に倒れ込む。盛大な水柱が立って、南の太陽の下、きれいな虹を描いた。
「ぷは」
水の中からいぶきが身体を起こすと、浅瀬で大の字になってミカが浮かんでいる。
「はっはっはー、鰯ヶ浜じこみの粘り腰、なめんなよー」
息を切らしながらもそういって笑うミカに、つられていぶきも吹き出す。
「なによ、それ」
出会ったとき、レスラーなんて暑苦しくて苦手だといぶきは思っていた。打ち解けてきた今は、そうでもない。覆面の下のミカが、普通にしていれば充分に美人の部類だということも知っている。
だからといって、普通の女の子らしい付き合いをしているわけでもない。顔を合わせれば筋肉だトレーニングだとうるさいミカに巻き込まれて、最後は乱闘騒ぎに終わることだってしょっちゅうある。
それでも、いぶきはミカのマイペースなところが、決して嫌いではなかった。忍者の自分と、光の当たるところで闘うレスラー。立場はまるきり反対だけど、ふしぎと気が合うのだった。
(でもなあ......)
浅瀬に横たわったミカに手を貸して立ち上がらせながら、いぶきは思う。
(こんなのと付き合ってたら、なかなか普通の女の子には、なれないよなぁ)
「ん、何かいった?」
全力で走ってすっきりした顔のミカがいう。
「なんにも」
いぶきはかぶりを振る。
女子高生忍者と覆面女子プロレスラーは、肩を並べて砂浜を歩いてゆく。