The Side Readers

Side readers : 02「クイーンズ リゾート(後)」

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クイーンズ リゾート(後)

リゾートのひとときは、シャドルー暗躍の報せによって破られた。
巨大財閥の長として、そして武闘家としてかりんは何を思うのか。

クイーンズ リゾート(後)

(シャドルー......、"また"ですのね)
 伸びやかな肢体を寝椅子の上に横たえて、神月かりんは思う。
 リゾートビーチにそそぐまばゆい光と裏腹に、整った顔には物憂げな表情が浮かんでいる。
 神月家が、様々な分野で経済活動を行うと、どこかのタイミングでシャドルーの名を耳にすることになった。覇者としてすべての頂点であるためには、世界の表も裏もない。シャドルーのような反社会的勢力が、何らかの形で関わってくるのは避けられないことではあった。
 とはいえ、このところ縁がありすぎる。
(本当に、しぶといこと、ですわ......)
 シャドルー総帥であるベガとは、かりんは武をもって闘ったことすらあった。
 何の意思もなく、自分の攻撃範囲に入った相手を、躊躇なく攻撃する。狩りの喜びはなく、憎しみや悪意ともまた違う。生物の本能の奥底にある、原始的な破壊の衝動。ベガとの闘いは、まるで毒蛇を相手にしているようだった。
 今回、衛星プロジェクトを妨害しようとしてきたことも、それに近い。
 神月家を敵と定めて狙ってきたのではないように思える。そういった敵意があれば、どこかで察知できたはずだ。ただ、弱みがあるから、そこを攻撃した。力があるから、それを振るった。シャドルーとは、ベガとは、そんな相手だった。
 強者たらんと王道を往く神月の武とは正反対で、かりんはうっすらと嫌悪を感じる。
(力とは......、そんな気概なきものであって良いはずがありません)
 少なくとも、神月かりんの目指す武はそうではない。
 半眼になったかりんの瞳に、にわかに強い光が宿る。
「よろしくてよ、シャドルー......」
 誰にともなく、つぶやく。
「魂なき邪道の力、真の覇道の前にいかに無力か、思い知らせてさし上げますわ」
 そして、微笑む。
 闘う美神の、曇りのない覇気が、静かに高まる。
 しかし、すぐに。
「......!」
 背後に息をのむ気配を感じて、かりんは力を抜く。
 見ると、飲み物のお代わりを手にしたメイドが、戸惑っていた。
 小さく肩をすくめて、かりんは寝椅子に体を預けなおす。
 
(そうね、けれども......)
 新しい飲み物のグラスに手を伸ばしながら、かりんは考える。
(神月の家もシャドルーのようになるかもしれない。私が......、惑えば)
 王の資質なき者に率いられた組織が、容易く堕することを、かりんは直感していた。力がさらなる力を求め、富がさらなる富を求めて、善も悪もなく肥大する魔物と化す。シャドルーはまさしく、そうして強大になっているのだ。
 かりんはかぶりを振る。
 長たる自分が心を見失い、力に飲まれてしまえば、神月の持つ力はおぞましいものとなる。それは、あってはならないことだった。
 
(......もしかすると)
 ふと、かりんは思い立つ。
(私が、心を見失わないでいられるのは、"これ"のおかげも、あるかもしれないですわね)
 かりんは軽く拳を握って、見つめてみる。しなやかで、優美だけれど、観賞用ではない、闘える手。武道家ストリートファイターの手だった。
 ルールも試合場もリングもない闘いを、心のままに闘うこと。
 それはリゾートよりももっと、かりんにとって大切なのかもしれなかった。
「ふふふ」
 ふいに、自分をストリートファイトの道に引き込んだ同級生のことを思い出して、かりんはひとり笑う。まっすぐな瞳、心そのままの伸びやかな拳。そして何より、かりんに並び立つ強さ。彼女と闘うことを思うと、かりんの心は高校生に戻って、わくわくするのだった。
「戻ったら、久しぶりに会いに行ってさし上げようかしら」
 リゾートのおみやげを持って行くという口実もある。庶民はこういうとき、おみやげをもらうものだ。
 そして。
「腕がなまっていないか、確かめてあげましょう」
 彼女はきっと、迷惑そうにしながらも、勝負ストリートファイトを受けてくれるだろう。
 そう、高校生の頃と同じように。
 
 ビーチを風が渡って、穏やかな波の音を運んできた。
 シャドルーのことを、かりんはすっかり頭から追い出していた。
 神月プライベート・リゾートは、午後も完璧だった。

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