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Side readers : 03 「冬の顔」(後)

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冬の顔(後)

雪の夜、別荘にに侵入した何者かは、メルの眠る寝室を目指していた。
家族を護るため、ケンは鍛え抜かれた格闘家の技を振るう。

冬の顔(後)

 物音のした階上へと、ケンは一気に階段を上りきる。

 厳重な警戒をくぐって、何者かがマスターズ家の別荘に侵入してきたのだとしたら、ともかく単なるこそ泥の類いとは思えない。

 壁に背をつけて、そっと二階の廊下をうかがう。一見して、何の異常もない。だが、研ぎ澄まされたケンの感覚が、それを捉える。

(いる......!)

 廊下の窓の外。バルコニーに気配がある。目をこらすと、微かな雪明かりに二つの影が、身を潜ませるように動いている。

(二人......、大きいのと、小さいの)

 人影がゆっくりと向かう先にあるのが、さっきメルを寝かしつけた寝室だとケンは気付く。どくん。心臓が一つ、大きく跳ねた。狙いは、メルか。全身の血が熱くなる。子供には指一本たりと触れさせない。次の瞬間、窓に向けてケンは跳んでいる。

 ばんっ。

 鋭い炸裂音と共にガラスが砕け散る。ベランダに飛び出た勢いそのままに空中で体を回し、目の前の人影に足刀を叩き込む。

 ぐし。

 肉を潰し、骨をきしませる手応え。人影はなすすべなくはじき飛ばされて、雪の上に倒れる。

(ひとつ!)

 着地して、即座に雪を蹴る。とっさのことに反応できていない大柄な人影に向けて、地を這うようにしてダッシュ。固めた拳が、炎の闘気をまとった。

「しっ」

 鋭く息を吐いて、アッパーをすくい上げる。全身の勢いで打ち上げる、天を衝く竜の一閃。炎の拳が、人影のボディを、顎を、正確にえぐる。

(ふたつ!)

 戦意だけでなく命すら刈りとる、ケンの必殺の一撃だった。分厚い鋼鉄を打ったような手応えがあって、大柄な人影は宙に浮いた。だが......

「ちっ」

 百戦において錬磨した格闘家の感覚が告げる。こいつはまだ立ってくる。

 どくん、とケンの心臓がまた大きく打つ。恐怖や怒りでなく、強敵と対峙したときの、どうしようもない昂揚。こいつは強い。だから......

(全力で仕留める!)

 追撃する。体勢を崩した相手の腕をクラッチして固める。背負いに投げようと腰を落としたそのとき、声がした。

「待った! ケンさん、待つッス!」

 聞き覚えのある声といっしょに、人影が割り込んできた。さっき倒したはずの、一人目。その顔を間近に見て、ケンは驚く。マスクで目元を隠した、女子プロレスラー。格闘家として、ケンは何度も彼女と顔を合わせていた。

「おまえ......、ミカか!?」

「そうッス......。あ、ちがうッス」

 一度そうだと認めておいて、慌ててごまかすように着ているものを示してみせる。房飾りのついた、真っ赤なチュニックとホットパンツ。

「ミカじゃなくて、雪の妖精スネグラチカちゃんだったッス」

「はあ?」

 ケンはあっけにとられる。服装はともかく、ミカなのは間違いなかった。だとすると......

「おまえがミカだとすると、こっちのでかいのは......」

 ケンは掴んでいる相手に目を向ける。ひげ面の厳つい大男が、ケンに投げられかけの態勢のまま、微笑んできた。その顔にもケンは見覚えがある。幾度となく拳を交え、やり合ってきた旧い知り合い。

「ザンギエフじゃねえか!」

違うニエト!」

 どうみてもザンギエフが、熊の毛皮のフードの下で首を振る。

「ザンギエフではない、冬おやじジェットマロースじゃ」

「はあ?」
 混乱しつつも、ケンには何となく事態がつかめてくる。どうやら二人は仮装して、メルにプレゼントのサプライズを仕掛けようとでもしたらしい。ほっとしたのと呆れたのとで、ケンは長く息をつく。それから、驚かされたことに腹が立ってきた。

「おまえら、ホント、いいかげんに......」

 腕をつかみなおして、腰を入れる。

「しろっ!」
 気合い一閃。中断していた投げを再開して、背負った巨体を雪空高く投げ飛ばした。

「わっ、ザンギエフさま」

 声もなくバルコニーの向こうに消えたザンギエフを追って、ミカが飛び降りる。やれやれとケンはかぶりを振る。それからあとに続いて、バルコニーからジャンプした。投げ落としたことを心配してはいなかった。その程度でどうになかなる相手ではない。

「はっはっはー、冬おやじを投げ飛ばすとは、血の気の多いやつだ。息子さんに、筋トレグッズのプレゼントにきただけだぞ」

 案の定、大の字になって半ば雪に埋もれたザンギエフは、笑っていた。

「気持ちはありがたいが、やり方ってものが......」

 眉をひそめて苦言しかけて、ケンは気付く。警備にかからずこの敷地に忍び込むのは、容易ではない。

「大体、どうやって別荘ここまで来たんだ?」

 ああ、それなら、と傍らのミカがケンの問いに答える。

「お嬢様が、ヘリを飛ばしてくれたッスよ」

 そういって指した空が、突如としてまばゆく輝いた。

「......!?」

 ケンは腕で目を覆いながら、上空をすかし見る。音もなくホバリングするステルス・ヘリコプター。キャンディの包み紙のようにカラフルに塗られた機体のハッチが開いて、人影が手を振ってよこす。

「ハッピーホリディですわ、ケンさん」

 パーティのように着飾った神月かりんだった。マスターズ財団を凌ぐといわれる神月コンツェルンの若き当主で、格闘家。シャドルーに対しては、共に闘う仲間といってもいい。派手にデコレーションされた最新鋭のヘリから身を乗り出して、屈託なく手を振る神月かりんに、ケンは毒気を抜かれる。

 まったく、なんて夜だ。

 そういって苦笑して、やがて大きく笑った。
 
 仮装した大男がバルコニーから降ってきて、その後にケンが飛び降りてきて、笑い声が聞こえた辺りで、イライザは何となく事態を察した。ホリディの飾り付けをしたヘリが現れて、サプライズだったのかとわかって、ほっとして涙が出た。

 それからイライザは、窓越しに夫の横顔に目をやる。ケンは笑っている。ひとりの格闘家ストリートファイターとして闘っているときの彼は、よくそういうふうに笑う。無心に遊ぶ子供の顔だとイライザは思う。

「ほんと......、メルにそっくり」

HappyHolidays

Playstation@storesteam

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